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たちあがれ僅かな年金受給者達

2012/12/14 19:06:26 つやこ

たちあがれ僅かな年金受給者達

てんまりへの返信。

> ベジータへの返信。
>
> > てんまりへの返信。
> >
> > > 櫻子への返信。
> > >
> > > > れいらへの返信。
> > > >
> > > > > つやこへの返信。


 各政党の公約を隈なく閲覧し、身震いした。
私たち弱者がかろうじて支持できる政党は共産党や社民党ではないだろうか。



私たち婦人が「女らしい」とか「女らしくない」とかいう言葉で居心地わるい思いをしなくなるのはいつのことだろう。
 日本の社会も、袂で顔をかくして笑うのを女らしさといったり、大事な返事をしなければならないときに口もきけなくて畳をむしるのが娘らしいという考えかたからは、ぬけて来た。しかし、何かにつけて思い出したように「女らしさ」が登場して来る。そして、それはいつも、何かのかたちで婦人の生活が社会的に一歩前進する事情に面したときである。例えば、婦人に参政権が与えられたとき、あちこちに改めて「女らしさ」がとりあげられた。立候補した婦人たちは保守的な男女の一票をとり逃すまいとしてどんなに「女はどこまでも女らしく」と強調しただろう。はた目に気の毒なほど強調して「女こそ女の苦しみがわかるのだから」と演説した。そして、当選して、開院式の折、またその他の場合とかく「女らしく」衣服のことまで話題にされた。女らしさを標語にした婦人代議士たちにしても、それはさぞうるさく迷惑なことであったろう。女は「女らしく」婦人代議士クラブというのをこしらえた。女らしく、お茶を立てて飲んだりしたが、政党間の利害は女らしさにも現実に作用して、こわれてしまった。そのとき新聞の批評は、どうであったろうか。「やっぱり女は」という表現が加えられた。共産党以外の諸政党における婦人代議士たちの立場は、あくまで女は女らしく、添えものとして扱われている。

画像 熊本。

温泉地の眺望と旅館と渓谷。
喧騒な都会から逃避し、草鞋を脱いで身体を労わってみる。

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