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禍福は糾える縄の如し

2012/07/23 19:41:47 ぺそ

スリーピー・ホローの伝説4

学校が終ると、彼は年長の少年の為に友人ともなり、遊び相手ともなった。そして、休日の午後には年下の子供を家に送って行ってやったが、偶然その子に綺麗な姉がいたり、或いはその母親が善良な女房で、うまい御馳走を作るので評判だったりしたものだ。

 実際、彼は当然生徒達と仲よくしなければならなかった。学校からあがる収入はわずかだったし、とても毎日の糧を求めるにも足りない位だった。彼はなかなかの健啖家で、痩せ細ってはいたものの、大蛇のように胃袋を膨らますことができたのだ。ところが、彼は生活費を補うために、このあたりの田舎の風習に従って、あちこちの百姓の家に下宿し、食事の厄介になっており、そしてその子供たちを教えていたのだった。

 彼はこういう農家に、一軒に続けて一週間ずつ世話になっては、近所を巡り歩いたのだが、そういうときに彼は家財をまとめて、木綿のハンカチに包んで行ったものだ。
 こういうことが彼の後援者たる田舎ものの財布に負担をかけるとなると、彼らはとかく教育費はたいへんな出費だと考えたり、先生は単なる穀つぶしだと思ったりしがちだから、そうならないように、彼は色々と用事をしたり、また好かれるようにしたりした。

 おりをみて、彼は百姓を手伝って、かるい畑仕事をしてやった。乾草作りに手を貸したり、垣根を直したり、馬に水を飲ませに連れていったり、牝牛を放牧場から駆りたてたり、冬の煖炉に燃す薪を切ったりした。そのうえ、彼は、自分の小さな帝国である教室に君臨する時の圧迫的な威厳や絶対支配権を一切投げうって、驚くほど優しくなり、気に入られるようにした。彼は子供を可愛がってやっては、母親たちの好意を勝ち得たが、特に一番幼い子供を可愛がった。

 そして、昔あの猛々しいライオンが、おおらかな気持ちで、羊を抱いてやったように、彼はよく子供を膝に乗せ、何時間もぶっ続けに足で揺り籠をゆすったものだった。
 他の仕事に加えて、彼は近隣の歌の先生でもあり、若い人達に讃美歌の歌い方を教えて、燦然の銀貨をたくさん稼いでいた。日曜日に、選りぬきの歌い手たちを引きつれて、教会の聖歌隊の場所の正面に席をしめることは、彼の虚栄心を並々ならず満足させたものである。そこに立つと、彼は牧師から完全に勝利を奪いとったような気がしたのだ。確かに彼の声はほかの会衆一同の声よりはるかに高らかに鳴り響いた。

 そして、今でもその教会の中では妙に共振する音が聞こえ、静かな日曜日の朝には水車用水池の正反対のほうに半マイルも離れた所でも聞えることがあるのだが、その声はまさしくイカバッド・クレーンの鼻から伝わったものだといわれている。こうして様々なやりくりをして、いわゆる「なんでもかんでもする」という上手な方法で、この立派な教育者はまずまず申し分なく暮し、頭を働かす仕事には門外漢な連中には、えらく安楽な生活をしていると思われたのだ。

hyde park london from lancaster gate hotel


イギリスの今
http://www.virginatlantic.co.jp/blogv/rica/archives/2292

ランカスター ロンドン
http://hotels.his-vacation.com/jp/jp/HotelPromotion/LON00168.aspx


画像上 Hest Bank Nr. Lancaster
画像中 Heaton Park, Manchester
画像下 Houses on Oxford Road, Manchester

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